2012年06月16日

2012年 安全衛生協力会 総会旅行

皆様、大変ご無沙汰しております。
気づけば、前回の投稿から、1年と半年、
JVで中学校を担当させていただいていた、
マスオこと学が帰ってまいりました。



おかげさまで、無事に中学校の引渡しも終わり、
内田工務店の通常業務に戻ってきたわけですが、
ぼちぼち、ブログの更新もしていこうかなぁ、と思っております。
皆様、長い目で見てやってくださいませ(汗)





さて、今回のお題は安全衛生協力会の旅行ということで、
通常なら、訪れた先々の様子を画像をまじえて
面白おかしくご報告ということになるのですが、
今回の旅行の主旨は、「視察」ということになっております。
なぜなら、行き先は被災地でもある、仙台と女川町となっておりまして、
単なる旅行ではなかったので、
すこし真面目な話もまじえてお伝えできればと思っております。




4/15(日)AM7:00 板橋の内田工務店をバスにて出発。


東北道を通り、昼ごろに仙台青葉城跡に到着いたしました。



青葉鳶跡.JPG
見てのとおり、震災の傷跡が残されておりました。
もともとこれは、立派な鳶の像が乗っかっていた台なのですが、
鳶が落下して、下に転がっておりました。
これは再建しないで、ころあいを見て取り壊してしまうようです。
さすがにこの方は健在でしたが、
DSC03324.JPG
そうです、伊達政宗公ですね。
やはり、タフなお方だったのでしょうか?
ご無事で何よりです。



この城跡だけでも、修繕や、まだ危険なので、
入れないようにしてある場所がありました。
もう震災から1年以上経つのに、、、
と、単純に思ってしまいました。
この旅行が終わるころには、まだ1年しか経っていないんだ。
と強く思わされるのですが、それは追ってお伝えしてゆきます。






次に訪れたのは、仙台市内にあります
「あすと長町ニュータウン」といわれるところです。
いわゆる仮設住宅です。
視察にあたっては、ここの自治会長様のご好意をたまわりまして、
わざわざ、ご挨拶と説明までいただきました。
ありがとうございました。

それによるとここは、宮城県初の仮設住宅だったので、
設置にあたり、いろいろな苦労と試行錯誤が今でも続けられているとのことでした。

当初は、砂利敷きの土地にプレハブ住宅を設置しただけの簡素なものでしたが、
そこに住まわれた方の意見で、どんどん改良がなされて、今の形(下画像)になったようですが、
DSC03334.JPG
雨が降ると水溜りだらけでぐちゃぐちゃになっていたので、排水設備とアスファルトを施工したとか、
縁の下に風が通り過ぎて寒いので囲ってみたとか、
風呂のリモコンが1つしかついていなくて不便だったとか、
当初、追い炊き機能がなくて、沸いたらすぐに家族全員入らなければならなかったとか、
あまりに夏暑くて、冬寒いので、断熱をしてもらったが、
給湯器などの設備がついている壁面は、工事が容易でないので施工してもらえなかったとか、
まだまだ、書ききれないぐらいの苦労と交渉と改良が加えられていました。
ろくにノウハウなんてない状態のスタート。
被災地の皆さんの素晴らしい努力で今の仮設住宅になっているようです。

しかし、ここで思ったのですが、
そもそも、「仮設住宅」という呼び名が間違っているような気がしてなりません。
そりゃあ、いろいろな手続きを経て、いつかはちゃんとした住宅に移り住み、
そこを後にするのでしょうから、それまでの「仮設」ですが、
工事現場の仮設事務所とは違い、本気でそこに人が暮らすのですから、
「仮住まいの家」であって、「仮設の家」であってはならなかったんだと思いました。

仮設→プレハブでOK→急げ!だったんでしょうね。
避難所の生活から、一刻も早く脱出させたかったという状況を考えれば
仕方がなかったのか、、、と思えなくもないですが、
実際にここで暮らす人のお話を聞き、目の当たりにすると、
住宅に携わる仕事をしている自分としても、
もっと良いやり方があったのではないか?となんだか悔しくさえ思えました。




まだ、視察のお話の1/3も進んでいないのですが、長くなったので次回に続きたいと思います。
posted by 鞄燗c工務店 at 17:37| Comment(0) | TrackBack(0) | イベント